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憂うべき「安倍一強政治」の傲慢

 暴走を続ける安倍一強政治は5年目に入ってしまいました。2つの学園問題に象徴される疑惑のみならず、閣僚や与党議員の失言・不祥事も後を絶ちません。安倍政権の足元は明らかに緩んでおり「おごり」「高ぶり」「横着」「横柄」「傲慢」こんな言葉がピッタリとあてはまる由々しき状況と言えるでしょう。

 私の知る大学教授など有識者からも『わが国は、もはや「民主主義国家」とは言えないような危機的状況だ』との厳しい指摘があります。

 

 ここ最近は、加計学園をめぐる疑惑が注目されています。先の森友学園問題にしても、真相は何ひとつ解明されていません。関係書類を次々に破棄する隠蔽体質。最高権力者の仲間内に便宜が図られる忖度行政の横行。首相の側近だけが甘い汁を吸い、行政も捜査もゆがめられ、メディアもそれに加担する。権力者の疑惑は「問題ない」「違法性はない」の一言で片づけられ、異議を唱える不都合な存在には怪情報や人格攻撃などで社会的に抹殺されかねない・・・。こうした「恐怖政治」まがいの憂うべき状況が見え隠れしています。

 

 一方、安倍政権は、戦前・戦中に道徳や教育の基本方針とされた「教育勅語」について、「憲法や教育基本法に反しないような形で教材として用いることまでは否定されることではない」との答弁書を閣議決定したことはご存知の方も多きことでしょう。森友学園をめぐる問題で、幼児に対して、安倍首相を称え教育勅語を叩き込まれていた実態が明らかになった後だけに、安倍政権の教育に対する野望と政治介入まがいの動きがオーバーラップしてしまいます。

 言うまでもなく教育勅語は、1948年に日本国憲法や教育基本法に反するとして、軍人勅諭とともに衆議院で排除に関する決議、参議院で失効確認に関する決議が行われています。今回の閣議決定は、明らかに衆参両院の決議と憲法に違反していると言えます。戦後72年の今になって「教育勅語」を推奨するようなトップリーダーが率いる国に成り下がってしまっているのです。

 

 さらに、安倍首相は、憲法記念日の改憲派集会にビデオメッセージを寄せ、戦争の放棄や戦力の不保持などを定めた9条に「自衛隊の存在」を書き込む考えを明言し、「2020年新憲法施行」を宣言しました。首相自らが改憲を公言すること自体が憲法に抵触するとの指摘もある中で、「自民党総裁の立場で・・・」との詭弁を使っての一方的な宣言です。立法府と行政府を間違えるような方なので如何ともしがたいのかもしれません。おまけに、国会審議で真意を問い質され「読売新聞を熟読してほしい」とのたまう始末。開いた口が塞がりません。いずれにせよ、第一次安倍政権から紆余曲折を経て、今回改めて「9条改正」が自らの悲願であることを表明したと言うことでしょう。

 

 こんな政権に、わが国の将来を託し続けていいのでしょうか。このままでは、戦後の日本が育んできた「平和」「民主主義」という大切なものを失ってしまう。「安倍一強政治」のもとで、そんな深刻な懸念が渦巻く昨今です。まさに「一強政治」の末路とも言えます。

 こうした政治状況を反映して、内閣支持率は多少下がってはいるものの、5割超えを維持しているという、摩訶不思議な世論の受け止めをどう理解すればいいのか。野党第一党である民進党の不甲斐なさにも要因があるのでしょうが、政府のやることに異論を唱えなくなった社会の末路は、私たちの先達が先の大戦で経験してきたことです。多くの国民が「戦争を知らない世代」だからと「平和ボケ」さながらの無関心は許されません。今を生きる私たちに課された「未来への責任」との受け止めが必要なのではないでしょうか。