会長コラム『波動』

『労働者福祉運動』の歴史と意義を再考しよう!

 結成から間もなく70周年を迎える「労働者福祉中央協議会(中央労福協)」が中心となり、推進されてきた「労働者福祉運動」の原点や意義等について、改めて振り返り考えてみたいと思います。

 

 中央労福協は、終戦直後の食糧危機と生活物資の不足が深刻化するなかで、1949年(昭和24年)に「労務者用物資対策中央連絡協議会(中央物対協)」として発足しました。その翌年には、「労働組合福祉対策中央協議会(中央福対協)」へと組織再編され、すべての労働団体の福利厚生部門の力を統一集約し、連絡調整・指導するための機関として位置づけられたのです。

 その後、福対協の活動により、生活協同組合のほか、労働金庫、労働者共済などの協同事業団体が次々に誕生していきます。「労働者の労働者による労働者のための銀行」として生まれた「労働金庫」、「一人は万人のために万人は一人のために」で生まれた労働者共済(全労済)などです。

 そして、1964年(昭和39年)には、福祉に対する労働者の主体性をより明確にするため、現在の「労働者福祉中央協議会(中央労福協)」に改称され、労働組合と協同事業体が統一した組織体として今日に至っているのです。

 労福協設立の原点・創業の精神は、『福祉はひとつ』という言い方がされます。それは、歴史が証明するように、労働運動は時として政治的イデオロギーなどによって分裂・分立や組織間競合が生じますが、労福協は、組織の枠を超え全労働者的視点に立って、福祉の充実と生活向上をめざすという一点で統一し、結集を図ることが明確な路線として打ち出されたことに起因しています。

 

 一方で、中央労福協は、勤労者の意識・価値観の多様化、ゆとり・豊かさへの志向の高まりなどの時代変化をふまえた対応や、1989年の連合結成に伴う労福協活動のあり方の検討が進められ、1993年の総会において、「国民の福祉向上」を基調とした全加盟団体の新しい運動目標「中央労福協指針」が採択されました。

 このように、連合結成を受けた中央労福協は、それまでの中心課題であった組織労働者を対象とする労働者福祉から、中小企業や未組織の労働者さらには国民的福祉へと運動領域を拡げながら、労働者福祉のコーディネーターとしての役割発揮をめざして新たな歩みを踏み出すとともに、結成60周年となる2009年には、「2020年ビジョン」を策定して「連帯と協同でつくる安心・共生の福祉社会」づくりをめざして活動が進められています。

≪参考文献:『労働者福祉運動の「これまで」と「これから」』 中央労福協 学習用資料より≫

 

 このように、労働者福祉運動の歴史は変遷してきましたが、この間に、時代は大きく変わり、それぞれの労働組合の役員も世代交代が進むなかで、企業内組合と産業別組織そして連合運動の役割分担のみならず、労金運動・全労済運動の原点や関係性などの認識が、正しく継承されているとは言い難く、それぞれの連携が希薄化しつつあるのではないかとの指摘が根強くありました。

 そうしたなか、国連の国際協同組合年(2012年)には「労働者自主福祉活動」の在り方と活性化を考える機運が高まりました。その際に象徴的に言われたことが、労働組合と労金・全労済など福祉事業団体との関係は、「お客様」と「業者」の関係ではなく「ともに運動する主体」であると言うことです。

 この国際協同組合年を受け、2014年に兵庫で開催された近畿労金労組と全労済労組主催による「労働者自主福祉シンポジウム」においては、多くの参加者が歴史を学び、労福協・連合・労金・全労済の連携の重要性を認識し合いました。私も労働界を代表しパネリストとして参加の機会を頂きましたが、大変意義深い場になったとの想いを強くし、その後の四団体連携の諸取り組みには積極的に参画してきたところです。

 

 関係四団体の連携については、県労福のコーディネートのもとで着実に進化しつつあります。県下の各地域では、連合地協役員と地区労福協役員を兼務される組合役員も多くいらっしゃいますが、私たち連合兵庫においては、構成組織とも連携して、すべての労働組合(単組レベル)のリーダーとの認識共有にも引き続き努めつつ、労働者自主福祉運動を「ともに担う主体」として「共助の拡大」に向けた運動推進に真正面から向き合っていかなくてはなりません。

 それは「共助を最も必要としている人々が、共助の枠から排除されている」という厳しい現実に対して、労働組合に組織された私たちこそが、それぞれの職場や地域において、その社会的な役割発揮が問われていることを肝に銘じる必要があると考えるからです。

 兵庫県は、五国(摂津・播磨・淡路・但馬・丹波)から成り日本の縮図とも言われ、多様性に富む地域特性を持っています。こうした各地域の持つ特性等を活かしながら、「共助の輪」を拡げるための新たなアプローチへと踏み込んでいけたらと願っています。様々な困難を乗り越え、より多くの働く仲間の皆さんとの「共感の輪」を拡げていきたいと想いを新たにしています。